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復活

最後にメモを残したのはいつだったか、そうだ、牛若丸のヒデさんの話だった。つまり、7月の公演前。それから早3ヶ月近く経った。

3ヶ月間を思い出してわざわざ書く必要はあまり見当たらないが、ちょっと書いておこう。

 

7月28日、KRAPP/GODOT公演が幕を閉じた。期間中、友人や関係者が驚くほどたくさん来てくれた。うれしかった。いろいろ苦しかったけど、最後に笑顔に戻れた。体に鞭打ってここまでやってきてよかったと思えた。でもあのときうれしいの笑顔が、ちゃんとできていただろうか、と思う。というのも、腰から下が、痛みでどうにかなっていた。そう、ヘルニアだったっけ。いや、だったっけどころじゃない、公演までの数ヶ月間は、頭の中がなにもかも、ずっと、痛みだった。その痛みは公演でピークを迎えたのだった。あの頃の自分の顔は、ひどくやつれ、いつも痛みに顔を歪めていたように思う。

 

舞台に用意された切り株に3秒と坐っていられない。でも坐ったまま10分以上、芝居した。老人の役だったので痛みも使えそうなものだったが、そううまくはいかない、頭の中が全部、痛い、なんだから。役に入り込むどころではない。なんせ痛い。例えるなら、坐骨神経を常に鷲掴みにされている感じなくらい痛い(あまり例えになってないが)。それでもなんとか脂汗を流しながら前半を終え、衣装を着替えて次の出番を待つ。待つ間は、床に横たわって、痛くない体勢を探す、でもいっこうに痛みは治まらない。思えば診療所で処方された座薬を凌ぐ最強の痛み止め「モルヒネ」を、既に3錠も飲んでる。でもぜんぜん効かない。と次の出番がやってくる。今度は立ち芝居だ。実は坐っているよりも若干楽だった。それでも立つ姿勢は、いつも左曲がり。痛い、痛い、痛い。。。最後のセリフはなんだったっけ、そうだ、「オン!」だった。皮肉だがそのセリフの直後、半分気絶していたように思う。

 

こうしてプロデュース公演第二弾は無事幕を閉じた。

 

翌日這うようにして日本へ帰国、まずはグリーンカードの面接だ。これも腰が理由でハネられるわけにはいかないので、必死でまっすぐの姿勢でのぞんだ。今思えば、意識はもちろん朦朧としていて、さらに首から上はというと、割れる寸前の風船みたいだったと思う。パンッパンの、中に熱湯でも入っていよう赤い風船。それでも何とかグリーンカードをゲット。その翌日すぐに国民健康保険に再加入し、病院へ行った。遠くへ行けないので、とにかく近所の整形外科へ行った。ところが痛くて診察台にすら乗れない。もちろん坐っていられない。どうしようもない。有り得ない。診察不能。数日後ブロック注射を処方してもらってからMRIを撮影したら、やはり見事なヘルニアだった。5番腰椎の右側に、坐骨神経を分断するように椎間板が飛び出していた。「あぁ、これか」と。にくたらしいかと思ったが、見ればわりとかわいい。どんな劣等生でも、自分の一部と思うとかわいらしく見えるのだろうか。

 

それから今までは、通院、リハビリの毎日。これが辛い。すこぶる辛かった。今までの人生で一番病んだ時期のように思う。痛みのせいで、何もやる気がしない。ちょっと動くと激痛なのだ。でも動かなくても吐き気がするほどの鈍痛。しだいにいろんな気持ちが失せていった。死にたいとはさすがに、まったく、思わなかったが、つまりそのような派手な決断をする意思すらない、というか、昨日までのことも、今の気分も、明日の自分も、何もかも、考えられなくなった。あるのは焦燥感だけだった。ニューヨークに渡って2年と少し、志半ばだった。

 

痛みって恐ろしい。夢や希望、生きる気力をあっさりと奪い去る。

 

 

今、ピーク時の痛みに比べると、およそ20%程度まで良くなった。痛くないことが、幸せでしかたない。それからようやく、いろんなことを再び考えるようになれたのだと思う。今までの分を取り戻すくらい、とまではまだいかないけど、ずいぶん健全に機能し始めてきた。で、ブログを久しぶりに書いている。

 

今回筆をとったのは、こうして体が回復してきたことと、実はあとふたつ理由がある。

 

ひとつは、リハビリ期間中にあくせく字幕を入れていた(1000行以上!これ地獄)舞台収録DVDが完成したのだ。思うところは山ほどあるが、僕を知っている人は、ぜひ観てもらいたい。良かれ悪かれ、この痛みにまみれたKRAPP/GODOTと、昨年12月の処女公演HOMEが、唯一今の自分の存在を証明するものだから。英語もろくに喋れない32歳のオッサンが、1年や2年のNY滞在で、何ができる?どこまで踏ん張れる?そういう視点で、観て欲しい。このアホな人生の選択が、いつか報われるとしたなら、それはどんなだろうと、胸膨らませられるような心の包容力を持った人に、診てもらいたい、あ、観てもらいたい(以下告知板)。 

 

そしてもうひとつ、自分にはなぜか今まで縁のなかった同窓生からの突然のメール。実は一昨日が僕の母校並木中学校の同窓会だったらしい。で、みんなステキなオトナになっていて、それでいて昔みたいに楽しい時間を過ごしていたみたい。中学時代を思い出すと、みんなホントに仲良かったなぁ、と、20年越しの感傷。あいつは何やってんだろう、あのこは?あ、あいつもいたっけ。お医者さんとか、サラリーマンとか、専業主婦とか、自営業とか、政治家とか、もしかしたら暴力団とか?それぞれの人生歩んでるんだろうなぁ。そしてどんな人生でも、今の段階でまだ先が見えないなんて、あまりないだろうなぁ。自分は、まだお先真っ白シロ。同窓会、知らない間に通り過ぎてしまったけど、このサイトがきっかけで昔の中間達とつながれるなら、なんて淡い希望を込めて、有吉ジュンコちゃん。ええようっく覚えてますとも!メールありがとう。苗字が変わってるのを見て、「あぁ、みんなケッコンしてるよなぁそうだよなぁ」と、なんだか勝手に淋しい気分になりました。あとNY滞在中にメグム(円城寺)からも連絡もらったね、あの時は心配かけたね、ありがとう、何とか無事だよ。阿佐ヶ谷の病院勤めだったっけ?近いうちに東中野の北乃富士(ちゃんこ屋。ここ世界一うまいと思う)あたりで別途同窓会やりたいね。

 

なわけでブログ久々の更新!

KRAPP/GODOT閉幕!


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